思い出の箱       アクセスカウンター          H30.10.19 改訂版
関西本線                            昭和42年7月11日 撮影
  特急くろしお 特急あすか    



        新宮方面から到着の 「くろしお」            亀山駅





 スイッチバックして名古屋へ発車して行く 「くろしお」        亀山駅 
となりは待機中の名古屋行きローカル列車




       名古屋行き  特急「あすか」 の到着      柘植(つげ)駅
中央の登り勾配線は草津線です          .




          特急 「あすか」                   柘植駅




 昭和42年8月  名古屋行き 特急 あすか         国鉄 八尾駅 通過

    
「あすか」は昭和40年3月から同42年9月までのわずか2年半を幻のように
走り抜けた関西本線の特急でした。 和歌山から阪和線を北上。阪和貨物線を
経由して関西線にショートカットし八尾を通過し名古屋に向かいます。     .
大阪市内を経由しないこともあって利用客は少なく、短命に終わりました。  .


阪和貨物線経由に話題性がありファンには注目されました。
その貨物線はかろうじて線路は残っていても廃線状態です。


名古屋駅で出発待ちの「あすか」







あすかのサボ
「サボ」とは列車の側面に掲げられた札のことです

サボ 談議 

旧国鉄時代 業務連絡の電信通信で車両の側面に掲げられる行先表示板を
「サボ」と略号化してました。  単純にサイドボード  サイドプレートの略だと
言う説もあります。  筆者はサイドボードの略と思っていて、電信略号とは
知りませんでした。 鉄道ファンは気楽にサボと言ってますが、電信略号説だと
行先表示板でない愛称名の「あすか」の札は何と呼ぶのだろうか?などと考え
込んでしまいます。                                 .  

さて電子表示の昨今、鉄道ファンの間では今もサボと呼んでいるのでしょうか?
73歳になった老鉄道ファンの一人ごと。


  去り行く、特急「あすか」



        昭和42年9月

  関西本線  河内堅上〜王寺にて

   多分名古屋ゆき最期の列車を
         撮影したと記憶しています。 


 
もっと手前でシャッターを切ったものの、
 フィルムを巻いておらずあわてて取り直した
のがこの写真です。自分の馬鹿さ加減に嫌に
なった一枚です。 恥ずかしながら貴重性ありと
思い公開しています。




※  現在は河内堅上駅〜王寺駅間には三郷駅が
   ありますが当時はありませんでした。
  
 撮影した13年後 昭和55年に開業しました。
 

         
 特急あすか  くろしお     END     
                                
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2007.2        制作
2011.5.18      改訂
2018.10.19     改訂