思いでの箱                    平成24年12月22日 改訂

九州で会った機関車たち A  昭和43年9月撮影

肥薩線 大畑ループ 豊肥線 立野スイッチバック 久大線 由布院他




 
九州別府湾沿いの旅客列車
電化前の日豊本線と廃止前の大分交通別大線
1962年 (S37)  高校修学旅行の車窓から


九州各線 (大畑ループ・立野スイッチバック・由布院など
  昭和43年9月撮影




特急  さくら    佐世保発 東京行   機関車はDD51型   早岐駅にて




 佐世保線名物  C11型機関車の引く  特急さくら 

    「さくら」は長崎発の列車と肥前山口駅で合流し東京に向かいます。
   DD51は早岐と肥前山口間の担当で、ファンの目当ては佐世保と
早岐の間8.9Kmを担当する、C11型蒸気機関車でした。


この日はヘッドマークが無く 「5万人首切粉砕号」と落書きされてました。
                                        早岐駅にて




門鉄デフの8620型蒸気機関車。  客車はスハフ42型      早岐駅

客車の台車は
TR47型    私はこれを見るとなぜか心が和むんです。



肥薩線の思い出              大畑(おこば)のループ線へ




都城行き普通列車 (2121列車)    C55 18号機   八代駅にて朝5:38分  

鈍行列車   いわゆる各駅停車の長距離列車です。
この列車は門司港駅を22:38に発車し、博多、熊本、八代へ。ここで    .
鹿児島線経由鹿児島駅行きと肥薩線経由都城駅行きに分割されます。    .
鈍行とは言え、深夜のことでもあり熊本あたりまでは通過する駅もあリました。

門司港 22:38 博多 1:25 八代 5:25 鹿児島 10:10  121列車
5:38 大畑 7:57 都城  10:57 2121列車


私は有名な大畑ループに行くのにこの列車を利用しました。
博多で乗車し、眼が覚めたり起きたりの夜行列車。 八代から肥薩線に入ると列車は
ガラガラ状態、シートに横になると泥のように眠ってしまいました。 人の気配で眼が醒め
ると回りは通学の高校生でいっぱい。冷たい視線を感じながら、起き上がりました。   .
球磨川の流れを右左に見ながらまもなく人吉駅に到着しました。              .



人吉からはD51の天下

矢岳越えの急勾配はすぐに始まります。 今も思い出す壮絶なまでのドラフト音
幾つかのトンネルを抜けやがて大畑に到着しました。                .




                               肥薩線  大畑(オコバ)駅

 
大畑駅から発車したところ。 じつは後に後退しているところです。 いったん後退し、
ループの助走区間へ入り、方向転換後一気に全力で加速しループに突進いたします。




               長笛一声!  ループに向かって一気に駆け上がるD51。

 ループに上がるとそこは、
 雲海の上。一体ここは
 海抜何m?




混合列車の通過です
 (客車と貨車の併結した列車)



前引き後押しの重連列車です。  
今朝見た雲海(実は朝霧)はすっかり晴れてます。




2台の機関車のドラフト音が響き渡り、シャッターを押す手に力が入ります。




たった一両の客車、今じっくり写真を見ると乗客の姿が見えません。




左端に後部補機が写っています。 ちょっとカメラを振れば、あと3秒待てば
全部入ったのにと悔やみます。 デジカメならば何枚も撮ったのになぁ。

次の駅の矢岳までは長く連続勾配が続きます。 列車が見えなくなってからも、
2台の機関車の排気音は大きくまた小さくいつまでも風に乗って聞こえてきました。




シュルシュルと単機回送車がバック運転で坂を下ってゆきます。



  
 阿蘇外輪山を登る  立野スイッチバック
                              豊肥本線  立野 赤水 間






線路の左右に33.3‰の勾配票が見えます。




                                       機関車は9600型










79608号機   (熊本機関区所属)


同じ撮影ポイントから眺めた立野駅。道路は九州縦貫道路。



左の山すそ方向に高森線がつながり、南阿蘇地域に向かいます。 






高森線   立野駅南方の鉄橋




機関車はC12型


2020年8月8日  豊肥本線は復旧しました
大変ご苦労様でした。

Net情報 鉄道チャンネルをご覧ください


なお南阿蘇鉄道は全線復旧は未だです・

JR豊肥本線の肥後大津駅と阿蘇駅間は先の熊本地震により未だに
復旧に至っていません。したがって立野スイッチバック付近も該当区間内に
あります。 また旧国鉄高森線はその後「南阿蘇鉄道」として運行されていま
したが、こちらも立野・中松駅間が被害甚大で未復旧です。どちらも完全復旧
を目指し工事が進められています。                        。
参考に南阿蘇鉄道のHPにリンクします。  南阿蘇鉄道







C11 298号機                       熊本機関区
熊本駅ホームからの撮影す。 機関区は新幹線の駅に変わり、既にありません。
C11型はS7〜S22まで381両が作られました。この機関車は戦時設計のため
でしょう、背中のドームが四角い箱型になっています。              
 .


      
 湯布院にて        久大本線のD60


                 由布岳をバックに D6062      由布院〜野矢 間








由布岳をバックに。    D60 2号機




D6063号機




                                      由布岳に向かって


 
 へえーっ、そうだったのか!  湯布院 と 由布院

      私はこのページを作っていた時、日本語ソフトが湯布院と由布院の両方を変換
     してくれていました。 どちらも目になじんでいたので、最後に校正していて
     「あれっ何でバラバラなんや」と、やっと気がつきました。    調べました。
    
 町の名前が由布市湯布院町で、駅名は由布院駅なんだって
    
     元々は由布院町だったのが、昭和30年に湯平村(ゆのひら)と合併した時に
湯布院町になったと言う事です。 駅名はそのまま残りました。     
 .
2005年の平成大合併で市制が敷かれて由布市湯布院町になったとか。

温泉で有名なので昔から湯布院と誰もが思いますよね。
                                       



     南由布駅を出発し由布院駅に向かいます。     田んぼには農夫の姿も。
    
 そのあと 次の写真のように グルッと背後に回ってきます。



  
                                     由布院 野矢 間

大淀川を渡る日豊本線




機関車はC57型          宮崎 〜 南宮崎 間

   撮影地点は海に近く、浅そうなのでズボンをたくし上げて、川の中で撮影しました。





ブルートレイン
特急 富士

昭和43年9月撮影

東京発 西鹿児島行き

DF50型機関車


市棚駅にて
延岡駅から北へ4駅目





2005年に画像をアップ以来 ここより北の重岡駅? と曖昧に
記載していました。 このたび市棚駅と訂正いたします。  2014.7.9
約50年前の写真ですが最近の前面展望動画により右端のベンチと屋根が
決め手になりました。 全国各地のJR私鉄の前面展望動画は昔の写真の
撮影場所の特定に非常に役立っています。 撮影者に感謝します。    .



次は 昭和37年(1962年)の高校修学旅行の思い出写真です。


 日豊本線 広瀬駅   (現在の佐土原駅)
    昭和37年撮影

当時はこの駅から 妻線が内陸部に通じていました。
子供のときから自分の姓と同じだったので気になる存在でした。   



この撮影のあと2年後に
「佐土原駅」に改称されました。

ちなみに同名駅は伯備線にもあります。


次も修学旅行中の車窓から撮ったものです。



別府の高崎山をはしる旅客列車と大分交通別大線      1962年10月(昭和37年)

明治33年(1900) 九州初の路面電車でした。 昭和47年(1972)廃止になりました。



大分交通 別大線    北浜 (別府駅前)にて


                                昭和43年9月撮影
湯の町 別府から大分まで電車が走っていました。  
この車両は昭和初期の製造、その後の改装で2両連結の総括制御が出来ます。



                 
九州であった機関車たち No2      終わり



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2005.8.18      制作
2011.1.17     改訂

2012.12.22改訂 別大線追加

2014.7.10訂正  重岡→市棚