思いでの箱 2007年4月16日撮影
JR肥薩線(鹿児島から熊本)の旅
さようなら はやとの風 2022年(R4)3月21日に最終運転をしました。
2004年から18年間 ご苦労様でした。
窓を大きく開けて、風をいっぱい受けながら列車の旅をしました。
2007年4月のレポートです
入線してきた 特急「はやとの風 2号」 鹿児島中央駅
日豊本線 | 肥 薩 線 | 鹿児島本線 |
鹿児島中央駅 → | 隼人駅 | → 吉松駅 | → 矢岳駅 → | 人吉駅 → | 八代駅→ | 熊本駅 |
《 特急 はやとの風 》 | 《 しんぺい号 》 | 《 九州横断特急 》 |
朝 9:28 鹿児島中央駅発の 特急 「はやとの風 2号」で 肥薩線 吉松駅へ
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旧型客車の雰囲気の先頭車 | 木材の美しさを感じるインテリアの後部車 |
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「しんぺい号」 「はやとの風号」と似て。やはり 旧型客車の風情です。 窓を上げて顔を出して、ディーゼル の音を楽しみながら、風を受ける。 鉄道ファンの最高の楽しみを味わい ました。 |
肥薩線は熊本県八代市から鹿児島県隼人町までの、熊本、宮崎。鹿児島の3県を
わたる路線距離 124.2KmのJRの路線です。明治42年に開通しました。 .
かつては鹿児島本線の一部として重要路線でもありました。 .
なかでも吉松と人吉間は21のトンネルやスイッチバック、ぐるっとまわるループ線
があり、急勾配の山岳路線です。以前は蒸気機関車が重連でこの難所を越えてい
ました。 .
途中にある矢岳トンネルの入口には熊本側に時の逓信大臣(山県伊三郎)、宮崎側
に鉄道院総裁(後藤新平)が揮毫した石の額があります。 これにちなんで観光列車に
二人の名がつけられました。 .
残念! 今日は天気が悪かった 日本三大車窓風景が見られない。
矢岳駅に着く少し前に列車が一時停車。車内アナウンスがあってこの景色を説明してくれました。
ご丁寧にも車外にこんな看板があって、ちょうど私の席の位置に停まりました。 .
眼前には霧島連山が横たわっているはずなのです。 36年前に熊本側から下ってくるときに私は
快晴のこの景色に三大車窓と知らずに 「わっー 雄大だなぁ」と感嘆した経験があるので、とても
残念でした。 .
三大車窓風景は 篠ノ井線(長野県)の姨捨駅周辺と、根室本線狩勝峠(北海道)です。
※ 狩勝峠は昭和41年に廃線になっています。
サミットの矢岳駅で小休止。 ここは海抜536.9m ここから人吉まで下りの連続。
この駅のそばにはD51 170号機関車が保存されています。
ここから大畑駅(おこば)のループに向って出発
ループの上から大畑駅を眺めます。 (望遠による撮影)
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ここでも「しんぺい号」は一時停車 して景色の説明があります。 . かつては有名な撮影ポイントでした。 もう一度あのSLの汽笛と高く上がる 煙が見たい! . |
ループをこちらに向って下ります。 後方の信号は大畑駅の場内信号機。
SLが走っていた頃は、火災防止のためだったのでしょうか、ループの周辺は木々が
あまり育ってなく草原の状態だったので、ループを一望に見渡すことができました。
私は歩いてループを一周したことがあります。当時の写真を貼っておきます。 .
1968年9月(昭和43年) 撮影
大畑駅到着 昔とちっとも変わらぬたたずまい。
大畑駅 この駅に限らず肥薩線には明治の開業当時の建物のままのような駅舎が
たくさん見ることが出来ます。 .
大畑駅に別れを告げて、 あとは人吉に向けて25‰〜30‰を下ります。
12:53 人吉駅 到着
「しんぺい号」は 13:02には「いさぶろう号」として折り返しました。
ホームに並んでいるのは人吉の民芸品「きじうま」です。 端午の節句の風物です。
実物は見なかったんですが、もっとちっちゃなものです。 .
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きじうま |
このあと熊本へは、九州横断特急で
九州横断特急 キハ 185 |
入線してきた 特急列車 2両連結。 美人の客室係のせいばかりではなく
快速の乗り心地の良い特急列車でした。熊本経由別府行きです。 .
ところで後方の建物は旧人吉機関区の石造りの重厚な機関庫です。
時間があれば是非近くで見たかった建造物です .
目的地 熊本はもうすぐです。
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八代駅から鹿児島本線で熊本まで まっしぐら。ほとんどが直線区間で快速 で飛ばしてゆきます。 八代行き普通電車とすれ違いです。 矢岳の山越えのゆっくり旅と近代的路線 の快速ぶりなど いろいろと楽しかった 列車の旅。 とても充実した楽しい旅でした。 END |
指宿枕崎線の旅 | ![]() |